ケヤキ並木と義家伝説

第2回 源義家の伝説〜その2

語り手:大江戸蔵三
都内の某新聞社に勤める整理部記者。三度のメシより歴史が好きで、休日はいつも全国各地を史跡めぐり。そのためか貯金もなく、50歳を過ぎても独身。社内では「偏屈な変わり者」として冷遇されている。無類の酒好き。

聞き手:国府なぎさ
都内の某新聞社に勤める文化部の新米記者。あまり歴史好きではないのだが、郷土史を担当するハメに。内心ではエリートと呼ばれる経済部や政治部への異動を虎視眈々と狙っている。韓流ドラマが大好き。

マー君と義家の共通点

ところで蔵三さん、年明けからビッグニュースが飛び込んできましたよね。

なんだよ。デヴィ夫人の平手打ち事件か? アントニオ猪木なら問題なかったのになぁ…。

そんな話じゃありませんよ。マー君のヤンキース入団ですよ。161億円って、ワタシたちビンボー人には想像もできない金額ですよねぇ。

何しろ「マー君 神の子 不思議な子」だからなぁ。まぁ、この連載のテーマも「神の子」の話ではあるけど。

っていうことは昔、源義家もどっかのお金持ちから高額でスカウトされたとか?

義家が平安時代に野球でもやってたのかよ。そうじゃなくて、由緒正しい「神の子孫」ってことだ。神話に登場する天照大神(あまてらすおおみかみ)という最高の神様、その子孫が天皇だから、その天皇の血を引く源氏や平氏は神様の子孫でもあるわけ。

ふ〜ん。基本的なこと聞いてスイマセンけど、そもそも、源氏とか平氏ってなんなの?

仕方ないなぁ。基本の基本から話そう。源氏・平氏の「氏(うじ)」というのが血縁を表すのはわかるよね。この他に「姓(かばね)」という爵位+官職みたいな称号もあるんだけど、大化の改新以降、氏と姓は統合されて一本化する。で、ここでいう氏の由緒というのは大きく分けて3つあって、出雲氏とか蘇我氏のように支配してきた領地の地名に由来するものや、物部氏や大伴氏のように朝廷内での役割を表したもの、そして源氏・平氏のように天皇から姓氏を賜ったものがある。

天皇から賜った姓氏って、源氏・平氏以外にもあるの?


あるよ。古くは業平で有名な在原氏や橘氏のように基本的には皇族が賜るものだけど、皇族だけとも限らない。中臣鎌足が大化の改新の功績で天智天皇から賜った藤原氏や百姓上がりの羽柴秀吉が賜った「豊臣」なんてのもある。

でも今の皇族って、源氏とか平氏みたいな姓氏がなくて、ただナントカ親王とか内親王とか呼ぶんじゃないの?

その通り。正式な皇族に姓氏はない。姓氏は人を区別するためのもので、そんなものトップには必要ないからね。で、わかりやすくするために少々乱暴な言い方をすれば、姓のない親王が現皇族とすれば、姓を賜った源氏や平氏は元皇族のようなものだ。源氏のルーツは嵯峨天皇なんだけど、そもそもの原因は財政問題なんだな。子供が一人や二人ならいいけど、正妻以外にも子供ができるから、増えすぎちゃうとお金がかかって、皇族だからといって特別扱いできなくなる。

ははぁ、それで新しく姓をあげるから、分家して頑張ってねってことかぁ。

それを臣籍降下というんだけど、皇室を源流とする氏族ということを表すために「源」姓になったと言われているんだ。一般に一世と二世、つまり天皇の子と孫の代までは源氏、ひ孫の代からは平氏が授けられたようだね。例外も多々あるけど。

それが源氏と平氏の違い? じゃあ、もともとは親戚関係だったんだ。

臣籍降下が一般化すると、天皇が変わる度に「お前、悪いけど源氏になってくれよ」って言われる肩たたき派と「どうせこのままじゃ将来がないから源氏になります」っていう自立派が出てきて、これらがどんどん増えていく。この人達はそれぞれのルーツによって嵯峨源氏とか清和源氏というふうに区別されて、最終的には21流派まで増えた。

義家はどの流派になるの?



清和源氏を祖とする河内源氏だ。この血筋がその後の武家の元祖になったから後に源氏といえば清和源氏ということになるんだけど、武家が生まれる背景には、臣籍降下による元皇族が増えすぎたという事情がある。人数が少ないうちは上級貴族として主要な官職にも就けるんだけど、あぶれてくると中級・下級貴族、今で言う普通公務員として都で細々と暮らすしかなくなる。

でもそれってみんなお公家さんでしょ。武士のイメージからは遠い気がするけど…。

さっき言った「自立派」の連中の中には、積極的に地方に活路を求める者もいたわけ。受領(ずりょう)として地方の行政官になれば、完全世襲化していた中央官僚の中で芽が出ずに終わるよりも、租税さえ納めていれば、自由に領地を増やせるから実質収入も増えるし、中央の影響も受けにくい。また、朝廷の幹部に賄賂を送れば中央に返り咲くことも可能だった。

そうかぁ。本社で上役のご機嫌を伺いながらウジウジ過ごすより、地方の支社長になって業績を伸ばしたほうが出世の早道ってことよね。出世がダメだったら独立開業の道もあるし。

まぁ、そんなとこだな。それで、地方に行くと都のように警護してくれる役人なんかいないから、自分の財産は自分で守らなきゃならなくなる。そこから自警団ができて、やがて組織化された武装集団になっていく。

それが武士の始まりってことか。納得したわ。


義家の先祖である源経基(つねもと=左図)もその一人で、武蔵国、つまり現在の首都圏に武蔵介(すけ)として赴任した武装貴族だった。当時、武蔵国では激しい領地争いが起きていて、これが拡大して有名な平将門の乱に繋がっていくんだけど、その話はまた次回に。<次回へ続く>

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